とセムボビチスが云つた。
『しかし其しるしはよく解らぬものだと云はねばなるまい。唯其研究をしてゐる間だけ己はバルキスの事を忘れてゐる。それが何よりの賜物だ』と王が答へた。
魔法師は、是非知らねばならぬ真理の一として、星は鋲のやうに蒼穹に固着してゐるものだと云ふことを教へた。それから又空には五の遊星がある。ベルとメロダクとネボは陽で、シンとミリタは陰だと云ふ事を教へた。魔法師は説明の歩をすすめて、
『銀はシンに相当致します。シンとは月の事でございます。又鉄はメロダクに、錫はベルに相当致します。』
バルタザアルはかう答へた。『己の望んでゐる知識と云ふのはそれだ。天文を研究してゐる間は、己はバルキスの事も思はなければ、其他の地上の塵事をも忘れてゐる。学問はよいものだ。学問は人間を考へさせずに置くものだ。セムボビチス、お前は己に知識を教へてくれるがよい。知識は人間の持つてゐるすべての感情を破壊するものだ。知識を教へてくれるならば、己はお前に万民の瞻仰《せんぎやう》する名誉を与へてやる。』
之がセムボビチスの王に知識を教へた理由であつた。
魔法師は王にアストラムプシコスやゴブリアスやバザ
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