鰐の群を月あかりで見守つたりした。
『自然の美しさはたたへて倦む事を知りませぬ』とセムボビチスが云つた。
『それは確だ。しかし自然には其外に、椰子の木や鰐よりも美しい物があるのだ』王はバルキスの事を考へながらかう云つた。
けれ共年老つたセムボビチスが答へるには、
『勿論ナイル河の氾濫の様な現象もございます。併しそれは私がもう解釈致しました。人間は理解する為につくられたものでございます。』
『人間は愛する為に造られたものだ。世の中には解釈の出来ぬ事が沢山ある。』
歎息しながら、バルタザアルが云つた。
『それは何でございませうか』とセムボビチスが問ふと、王はかう答へた。
『女の心がはりだ。』
けれどもバルタザアルは魔法師にならうと決心したから、塔を一つ建てた。其の頂からは多くの王国と無辺の天空とが望まれるのである。塔は煉瓦造りですべての塔の上に高く聳えてゐる。落成するには二年の日子を費した。
バルタザアルは此塔の建築に父王の全財宝を傾けたのであつた。毎夜王は塔の頂に登つた。其処で賢人セムボビチスの指導の下に天文の研究をするのである。
『天上の星宿は人間の運命を示すものでございます』
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