其日から王は魔術にも星占術にも長足の進歩をした。綿密な注意を払つて星の交会を研究したり、セムボビチスと寸毫も変らず正確に星占図を引いたりする。
『セムボビチス、お前は己の星占図の真だと云ふ事を首にかけてもうけ合ふ心算か』かう王が尋ねたことがある。
『陛下、学問に間違ひはございませぬ。けれども、学者は度々間違ひを致します』と賢人セムボビチスが答へた。
バルタザアルはすぐれた官能を持つてゐた。そこで『真なる物のみが聖である。聖なる物は人間の智を絶してゐる。人間は空しく真理を探求するに過ぎない。けれども己は空に新しい星を発見した。美しい星である。生きてゐる様にも思はれる。きらめく時はやさしく瞬く天上の眼のやうに見える。己はそれが呼んでゐる様な気がする。此星の下に生れるものは何と云ふ幸福だらう。セムボビチス、此愛らしい美しい星がどんなに己たちを照してゐるか見たがよい』とかう云つた。
けれどもセムボビチスは星を見なかつた。それは見ようと思はなかつたからである。賢くしかも年老いた魔法師は新奇を好まない。
夜の沈黙の中にバルタザアルは独り繰返した。『此星の下に生れたものは何と云ふ幸福だらう。』
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