フ家の中へはひつて行きました。すると突然聞えて来たのは、婆さんの罵《ののし》る声に交つた、支那人の女の子の泣き声です。日本人はその声を聞くが早いか、一股《ひとまた》に二三段づつ、薄暗い梯子を馳け上りました。さうして婆さんの部屋の戸を力一ぱい叩き出しました。
戸は直ぐに開きました。が、日本人が中へはひつて見ると、そこには印度人の婆さんがたつた一人立つてゐるばかり、もう支那人の女の子は、次の間へでも隠れたのか、影も形も見当りません。
「何か御用ですか?」
婆さんはさも疑はしさうに、じろじろ相手の顔を見ました。
「お前さんは占ひ者だらう?」
日本人は腕を組んだ儘、婆さんの顔を睨《にら》み返しました。
「さうです。」
「ぢや私の用なぞは、聞かなくてもわかつてゐるぢやないか? 私も一つお前さんの占ひを見て貰ひにやつて来たんだ。」
「何を見て上げるんですえ?」
婆さんは益《ますます》疑はしさうに、日本人の容子《ようす》を窺《うかが》つてゐました。
「私の主人の御嬢さんが、去年の春|行方《ゆくへ》知れずになつた。それを一つ見て貰ひたいんだが、――」
日本人は一句一句、力を入れて言ふのです。
「私の主人
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