檮盾ノ、この家の外を通りかかつた、年の若い一人の日本人があります。それがどう思つたのか、二階の窓から顔を出した支那人の女の子を一目見ると、しばらくは呆気《あつけ》にとられたやうに、ぼんやり立ちすくんでしまひました。
そこへ又通りかかつたのは、年をとつた支那人の人力車夫です。
「おい。おい。あの二階に誰が住んでゐるか、お前は知つてゐないかね?」
日本人はその人力車夫へ、いきなりかう問ひかけました。支那人は楫棒《かぢぼう》を握つた儘、高い二階を見上げましたが、「あすこですか? あすこには、何とかいふ印度人の婆さんが住んでゐます。」と、気味悪さうに返事をすると、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》行きさうにするのです。
「まあ、待つてくれ。さうしてその婆さんは、何を商売にしてゐるんだ?」
「占《うらな》ひ者《しや》です。が、この近所の噂《うはさ》ぢや、何でも魔法さへ使ふさうです。まあ、命が大事だつたら、あの婆さんの所なぞへは行かない方が好いやうですよ。」
支那人の車夫が行つてしまつてから、日本人は腕を組んで、何か考へてゐるやうでしたが、やがて決心でもついたのか、さつさとそ
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