ヘ香港《ホンコン》の日本領事だ。御嬢さんの名は妙子《たへこ》さんとおつしやる。私は遠藤といふ書生だが――どうだね? その御嬢さんはどこにいらつしやる。」
遠藤はかう言ひながら、上衣の隠しに手を入れると、一挺のピストルを引き出しました。
「この近所にいらつしやりはしないか? 香港の警察署の調べた所ぢや、御嬢さんを攫《さら》つたのは印度人らしいといふことだつたが、――隠し立てをすると為にならんぞ。」
しかし印度人の婆さんは、少しも怖がる気色《けしき》が見えません。見えない所か唇には、反《かへ》つて人を莫迦《ばか》にしたやうな微笑さへ浮べてゐるのです。
「お前さんは何を言ふんだえ? 私はそんな御嬢さんなんぞは、顔を見たこともありやしないよ。」
「嘘をつけ。今その窓から外を見てゐたのは、確に御嬢さんの妙子さんだ。」
遠藤は片手にピストルを握つた儘、片手に次の間の戸口を指さしました。
「それでもまだ剛情を張るんなら、あすこにゐる支那人をつれて来い。」
「あれは私の貰ひ子だよ。」
婆さんはやはり嘲《あざけ》るやうに、にやにや独り笑つてゐるのです。
「貰ひ子か貰ひ子でないか、一目見りやわかることだ。貴
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