視《み》ても、二人《ふたり》の道中話《だうちうばなし》がどんなであつたかは分る。
 其の旅行は一八五二年の冬のことで、其の途中で、バアトンはスタインホイザアと亜剌比亜《アラビア》[#「亜剌比亜」は底本では「亜刺比亜」]のことをいろいろ話してゐる中《うち》に、おのづと話題が「一千一夜物語」に移つて行つて、とうとう二人《ふたり》の口から、「一千一夜物語」は子供の間《あひだ》に知れ渡つてゐるにも拘《かか》はらず本当の値打が僅かに亜剌比亜《アラビア》[#「亜剌比亜」は底本では「亜刺比亜」]語学者にしか認められてゐないと云ふ感慨が洩《も》れて出た。それから話が一歩進んで、何《ど》うしても完全な翻訳が出したいと云ふことに纏《まと》まり、スタインホイザアが散文を、バアトンが韻文《いんぶん》を訳出する筈に決して、別れた。
 それから両人は互に文通して、励まし合つてゐたが、幾《いくばく》も無くスタインホイザアが瑞西《スイス》のベルンで卒中《そつちう》で斃《たふ》れて了《しま》つた。スタインホイザアの稿本は散逸《さんいつ》して、バアトンの手に入《はひ》つたものは僅かであつた。
 その後バアトンは、西部|亜
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