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O君はけふも不相変《あひかはらず》赤シヤツに黒いチヨツキを着たまま、午前十一時の裏庇《うらびさし》の下に七輪《しちりん》の火を起してゐた。焚きつけは枯れ松葉や松蓋《まつかさ》だつた。僕は裏木戸《うらきど》へ顔を出しながら、「どうだね? 飯《めし》は炊《た》けるかね?」と言つた。が、O君はふり返ると、僕の問には答へずにあたりの松の木へ顋《あご》をやつた。
「かうやつて飯を炊《た》いてゐるとね、松は皆焚きつけの木――だよ。」
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パナマ帽をかぶつたO君は小高い砂丘に腰をおろし、せつせとブラツシユを動かしてゐた。柱だけの白いバンガロオが一軒、若い松の群立《むらだ》つた中にひつそりと鎧戸《よろひど》を下《おろ》してゐる。――それを写生してゐるのだつた。松は僕等の居まはりにも二三尺の高さに伸びたまま、さすがに秋らしい風の中に青い松かさを実のらせてゐた。
「松ぼつくりと云ふものはこんな松にもなるものなんだね。」
O君はブラツシユを動かしながら、僕の方へ向かずに返事をした。
「女の子が妊娠《にんしん》したと云ふ感じだなあ。」
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O君は本職の仕事の間
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