O君の新秋
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)膝《ひざ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)白|足袋《たび》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから3字下げ]
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 僕は膝《ひざ》を抱《かか》へながら、洋画家のO君と話してゐた。赤シヤツを着たO君は畳《たたみ》の上に腹這《はらば》ひになり、のべつにバツトをふかしてゐた。その又O君の傍《かたは》らには妙にものものしい義足が一つ、白|足袋《たび》の足を仰向《あふむ》かせてゐた。
「まだ残暑と云ふ感じだね。」
 O君は返事をする前にちよつと眉《まゆ》をひそめるやうにし、縁先《えんさき》の紫苑《しをん》へ目をやつた。何本かの紫苑はいつの間《ま》にか細《こま》かい花を簇《むらが》らせたまま、そよりともせずに日を受けてゐた。
「おや、こいつはもう咲いてゐらあ。この………何《なん》と云つたつけ、団扇《うちは》の画の中にゐる花の野郎《やらう》は。」

     ×

 海の音の聞えない、空気の澄んだ日の暮だつた。僕はやはりO君と一しよに広い砂の道を散歩し
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