換へ、松葉杖をついて来たのだつた。
「けふは松葉杖だね。」
 O君は白い歯を見せて笑つた。
「ああ、けふはオオル(櫂《かい》)にしたよ。」

     ×

 僕はO君の家《うち》へ遊びに行《ゆ》き、四畳半の電燈の下にいろいろのことを話し合つた。が、大抵《たいてい》は神経とかテレパシイとかの話だつた。Uと云ふ僕の友だちの一人《ひとり》はコツプに水を入れて枕もとへ置き、暫《しばら》くたつてそのコツプを見ると、いつか水が半分になつてゐる、或晩などはうとうとしてゐると、いきなり顔へ水がかかつた。しかし驚いて飛び起きて見ると、コツプだけは倒れずにちやんとしてゐる、――そんな話も出たものだつた。
 それから僕等は散歩かたがた、町まで買ひものに出かけることにした。するとO君はいつもに似合《にあ》はず、肘掛《ひぢか》け窓の戸などをしめはじめた。のみならず僕にかう言つて笑つた。
「この窓に明《あか》りがさしてゐるとね、どうもそとから帰つて来た時に誰か一人《ひとり》ここに坐つて、湯でものんでゐさうな気がするからね。」
 O君は勿論《もちろん》この家に自炊生活《じすゐせいくわつ》をしてゐるのである。

 
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