ル》に、美しい支那《しな》の少女が一人《ひとり》、白衣《びやくえ》の両肘《りやうひぢ》をもたせてゐた。
わたしは無躾《ぶしつけ》を恥ぢながら、もと通り垂れ布を下《おろ》さうとした。が、ふと妙に思つた事には、少女は黙然《もくねん》と坐つたなり、頭の位置さへも変へようとしない。いや、わたしの存在にも全然気のつかぬ容子《ようす》である。
わたしは少女に目を注《そそ》いだ。すると少女は意外にも幽《かす》かに※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》をとざしてゐる。年は十五か十六であらう。顔はうつすり白粉《おしろい》を刷《は》いた、眉《まゆ》の長い瓜実顔《うりざねがほ》である。髪は水色の紐に結《むす》んだ、日本の少女と同じ下げ髪、着てゐる白衣《びやくえ》は流行を追つた、仏蘭西《フランス》の絹か何からしい。その又柔かな白衣の胸には金剛石《ダイアモンド》のブロオチが一つ、水水しい光を放つてゐる。
少女は明《めい》を失つたのであらうか? いや、少女の鼻のさきには、小さい銅の蓮華《れんげ》の香炉《かうろ》に線香が一本煙つてゐる。その一本の線香の細さ、立ち昇る煙のたよたよしさ、――少女は勿
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