たのに違ひない。その太い幹や枝には風雨の痕《あと》を残した儘。……
なほ最後につけ加へたいのは、我我の租先は杉の木のやうに椎の木をも神と崇《あが》めたことである。
虫干
この水浅黄《みづあさぎ》の帷子《かたびら》はわたしの祖父《おほぢ》の着た物である。祖父はお城のお奥坊主《おくぼうず》であつた。わたしは祖父を覚えてゐない。しかしその命日毎《めいにちごと》に酒を供《そな》へる画像《ぐわざう》を見れば、黒羽二重《くろはぶたへ》の紋服《もんぷく》を着た、何処《どこ》か一徹《いつてつ》らしい老人である。祖父は俳諧を好んでゐたらしい。現に古い手控《てびか》への中にはこんな句も幾つか書きとめてある。
「脇差《わきざ》しも老には重き涼みかな」
(おや。何か映《うつ》つてゐる! うつすり日のさした西窓《にしまど》の障子に。)
その小紋《こもん》の女羽織《をんなばおり》はわたしの母が着た物である。母もとうに歿してしまつた。が、わたしは母と一しよに汽車に乗つた事を覚えてゐる。その時の羽織はこの小紋か、それともあの縞《しま》の御召《おめ》しか? ――兎《と》に角《かく》母は窓を後《うし》
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