い笑ひ声を挙げる。
しかし椎の木は野蛮《やばん》ではない。葉の色にも枝ぶりにも何処《どこ》か落着いた所がある。伝統と教養とに培《つちか》はれた士人にも恥ぢないつつましさがある。※[#「木+解」、第3水準1−86−22]《かし》の木はこのつつましさを知らない。唯冬との※[#「門<兒」、332−下−18]《せめ》ぎ合ひに荒荒しい力を誇るだけである。同時に又椎の木は優柔でもない。小春日《こはるび》と戯《たはむ》れる樟《くす》の木のそよぎは椎の木の知らない気軽さであらう。椎の木はもつと憂鬱である。その代りもつと着実である。
椎《しひ》の木はこのつつましさの為に我我の親しみを呼ぶのであらう。又この憂鬱な影の為に我我の浮薄《ふはく》を戒めるのであらう。「まづたのむ椎の木もあり夏|木立《こだち》」――芭蕉《ばせを》は二百余年|前《ぜん》にも、椎の木の気質を知つてゐたのである。
椎の木の姿は美しい。殊に日の光の澄んだ空に葉照《はで》りの深い枝を張りながら、静かに聳えてゐる姿は荘厳に近い眺めである。雄雄《をを》しい日本の古天才も皆この椎の老《お》い木《き》のやうに、悠悠としかも厳粛にそそり立つてゐ
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