を防ぐために、手足を動かしているとしか、思われない事がある。
 それがまた、一層|可笑《おか》しいので、橋の上では、わいわい云って、騒いでいる。そうして、皆、哂《わら》いながら、さまざまな批評を交換している。「どうだい、あの腰つきは」「いい気なもんだぜ、どこの馬の骨だろう」「おかしいねえ、あらよろけたよ」「一《いっ》そ素面《すめん》で踊りゃいいのにさ」――ざっとこんな調子である。
 その内に、酔《よい》が利いて来たのか、ひょっとこの足取がだんだん怪しくなって来た。丁度、不規則な Metronome のように、お花見の手拭で頬かぶりをした頭が、何度も船の外へのめりそうになるのである。船頭も心配だと見えて、二度ばかり後《うしろ》から何か声をかけたが、それさえまるで耳にははいらなかったらしい。
 すると、今し方通った川蒸汽の横波が、斜に川面《かわも》をすべって来て、大きく伝馬の底を揺《ゆす》り上げた。その拍子にひょっとこの小柄な体は、どんとそのあおりを食ったように、ひょろひょろ前の方へ三足ばかりよろけて行ったが、それがやっと踏止ったと思うと、今度はいきなり廻転を止められた独楽《こま》のように
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