万事都合よく運んだからその中にゆく。」と書いてくれと云うので、その通り書いてやった。宛名が女なので、「隅へは置けないぜ」とか何とか云って冷評《ひやか》したら、「これは手前の姉でございます」と答えた。すると三日ばかりたつ内に、その番頭がお得意先を廻りにゆくと云って家を出たなり、いつまでたっても帰らない。帳面を検べてみると、大穴があいている。手紙はやはり、馴染の女の所へやったのである。書かせられた平吉ほど莫迦《ばか》をみたものはない。……
これが皆、嘘である。平吉の一生(人の知っている)から、これらの嘘を除いたら、あとには何も残らないのに相違ない。
× × ×
平吉が町内のお花見の船の中で、お囃子《はやし》の連中にひょっとこの面を借りて、舷《ふなばた》へ上ったのも、やはりいつもの一杯機嫌でやったのである。
それから踊っている内に、船の中へころげ落ちて、死んだ事は、前に書いてある。船の中の連中《れんじゅう》は、皆、驚いた。一番、驚いたのは、あたまの上へ落ちられた清元のお師匠さんである。平吉の体はお師匠さんのあたまの上から、海苔巻《の
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