りまき》や、うで玉子の出ている胴の間の赤毛布《あかゲット》の上へ転げ落ちた。
「冗談じゃあねえや。怪我《けが》でもしたらどうするんだ。」これはまだ、平吉が巫山戯《ふざけ》ていると思った町内の頭《かしら》が、中《ちゅう》っ腹《ぱら》で云ったのである。けれども、平吉は動くけしきがない。
 すると頭《かしら》の隣にいた髪結床《かみゆいどこ》の親方が、さすがにおかしいと思ったか、平吉の肩へ手をかけて、「旦那、旦那…もし…旦那…旦那」と呼んで見たが、やはり何とも返事がない。手のさきを握っていると冷くなっている。親方は頭《かしら》と二人で平吉を抱き起した。一同の顔は不安らしく、平吉の上にさしのべられた。「旦那……旦那……もし……旦那……旦那……」髪結床の親方の声が上ずって来た。
 するとその時、呼吸とも声ともわからないほど、かすかな声が、面《めん》の下から親方の耳へ伝って来た。「面《めん》を……面をとってくれ……面を。」頭と親方とはふるえる手で、手拭と面を外した。
 しかし面の下にあった平吉の顔はもう、ふだんの平吉の顔ではなくなっていた。小鼻が落ちて、唇の色が変って、白くなった額には、油汗が流れて
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