云うものは?――彼女はふと女学校の教科書にそんなことも書いてあったように感じ、早速|用箪笥《ようだんす》の抽斗《ひきだし》から古い家政読本《かせいどくほん》を二冊出した。それ等の本はいつの間《ま》にか手ずれの痕《あと》さえ煤《すす》けていた。のみならずまた争われない過去の匂《におい》を放っていた。たね子は細い膝の上にそれ等の本を開いたまま、どう云う小説を読む時よりも一生懸命に目次を辿《たど》って行った。
「木綿及び麻織物|洗濯《せんたく》。ハンケチ、前掛、足袋《たび》、食卓《テエブル》掛、ナプキン、レエス、……
「敷物。畳《たたみ》、絨毯《じゅうたん》、リノリウム、コオクカアペト……
「台所用具。陶磁器類、硝子《ガラス》器類、金銀製器具……」
 一冊の本に失望したたね子はもう一冊の本を検《しら》べ出した。
「繃帯《ほうたい》法。巻軸帯《まきじくおび》、繃帯|巾《ぎれ》、……
「出産。生児の衣服、産室、産具……
「収入及び支出。労銀、利子《りし》、企業所得……
「一家の管理。家風、主婦の心得、勤勉と節倹、交際、趣味、……」
 たね子はがっかりして本を投げ出し、大きい樅《もみ》の鏡台《きょ
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