た。その古文書の鑑定その他に関しては、今ここに叙説《じょせつ》している暇《いとま》がない。ただそれは、当時の天主教徒の一人が伝聞した所を、そのまま当時の口語で書き留めて置いた簡単な覚え書だと云う事を書いてさえ置けば十分である。
この覚え書によると、「さまよえる猶太人」は、平戸《ひらど》から九州の本土へ渡る船の中で、フランシス・ザヴィエルと邂逅《かいこう》した。その時、ザヴィエルは、「シメオン伊留満《いるまん》一人を御伴《おとも》に召され」ていたが、そのシメオンの口から、当時の容子《ようす》が信徒の間へ伝えられ、それがまた次第に諸方へひろまって、ついには何十年か後に、この記録の筆者の耳へもはいるような事になったのである。もし筆者の言をそのまま信用すれば「ふらんしす上人《しょうにん》さまよえるゆだやびとと問答の事」は、当時の天主教徒間に有名な物語の一つとして、しばしば説教の材料にもなったらしい。自分は、今この覚え書の内容を大体に亘《わた》って、紹介すると共に、二三、原文を引用して、上記の疑問の氷解した喜びを、読者とひとしく味いたいと思う。――
第一に、記録はその船が「土産《みやげ》の果
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