ろも》を纏《まと》わせた。またあるものはその十字架《くるす》の上に、I・N・R・Iの札をうちつけた。石を投げ、唾《つば》を吐きかけたものに至っては、恐らく数えきれないほど多かったのに違いない。それが何故、彼ひとりクリストの呪《のろい》を負ったのであろう。あるいはこの「何故」には、どう云う解釈が与えられているのであろう。――これが、自分の第二の疑問であった。
自分は、数年来この二つの疑問に対して、何等の手がかりをも得ずに、空しく東西の古文書《こもんじょ》を渉猟《しょうりょう》していた。が、「さまよえる猶太人」を取扱った文献の数は、非常に多い。自分がそれをことごとく読破すると云う事は、少くとも日本にいる限り、全く不可能な事である。そこで、自分はとうとう、この疑問も結局答えられる事がないのかと云う気になった。所が丁度そう云う絶望に陥りかかった去年の秋の事である。自分は最後の試みとして、両肥《りょうひ》及び平戸《ひらど》天草《あまくさ》の諸島を遍歴して、古文書の蒐集に従事した結果、偶然手に入れた文禄《ぶんろく》年間の MSS. 中から、ついに「さまよえる猶太人」に関する伝説を発見する事が出来
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