、片手に「人の子」の肩を捕えて、ことさらに荒々しくこずきまわした。――「やがては、ゆるりと磔柱《はりき》にかって、休まるる体《からだ》じゃなど悪口《あっこう》し、あまつさえ手をあげて、打擲《ちょうちゃく》さえしたものでござる。」
 すると、クリストは、静に頭をあげて、叱るようにヨセフを見た。彼が死んだ兄に似ていると思った眼で、厳《おごそか》にじっと見たのである。「行けと云うなら、行かぬでもないが、その代り、その方はわしの帰るまで、待って居れよ。」――クリストの眼を見ると共に、彼はこう云う語《ことば》が、熱風よりもはげしく、刹那に彼の心へ焼けつくような気もちがした。クリストが、実際こう云ったかどうか、それは彼自身にも、はっきりわからない。が、ヨセフは、「この呪《のろい》が心耳《しんじ》にとどまって、いても立っても居られぬような気に」なったのであろう。あげた手が自《おのずか》ら垂れ、心頭にあった憎しみが自ら消えると、彼は、子供を抱いたまま、思わず往来に跪《ひざまず》いて、爪を剥《は》がしているクリストの足に、恐る恐る唇をふれようとした。が、もう遅い。クリストは、兵卒たちに追い立てられて、す
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