青く澄んだ御眼《おんめ》」は、悲しみも悦びも超越した、不思議な表情を湛えている。――これは、「ナザレの木匠《もくしょう》の子」の教を信じない、ヨセフの心にさえ異常な印象を与えた。彼の言葉を借りれば、「それがしも、その頃やはり御主《おんあるじ》の眼を見る度に、何となくなつかしい気が起ったものでござる。大方《おおかた》死んだ兄と、よう似た眼をしていられたせいでもござろう。」
その中《うち》にクリストは、埃と汗とにまみれながら、折から通りかかった彼の戸口に足を止《とど》めて、暫く息を休めようとした。そこには、靱皮《なめしがわ》の帯をしめて、わざと爪を長くしたパリサイの徒もいた事であろうし、髪に青い粉をつけて、ナルドの油の匂をさせた娼婦たちもいた事であろう。あるいはまた、羅馬《ロオマ》の兵卒たちの持っている楯《たて》が、右からも左からも、眩《まばゆ》く暑い日の光を照りかえしていたかも知れない。が、記録にはただ、「多くの人々」と書いてある。そうして、ヨセフは、その「多くの人々の手前、祭司たちへの忠義ぶりが見せとうござったによって、」クリストの足を止めたのを見ると、片手に子供を抱《いだ》きながら
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