フ口から出た。お絹は二人に会釈《えしゃく》をしながら、手早くコオトを脱ぎ捨てると、がっかりしたように横坐《よこずわ》りになった。その間《あいだ》に神山は、彼女の手から受け取った果物の籠をそこへ残して、気忙《きぜわ》しそうに茶の間を出て行った。果物の籠には青林檎《あおりんご》やバナナが綺麗《きれい》につやつやと並んでいた。
「どう? お母さんは。――御免なさいよ。電車がそりゃこむもんだから。」
 お絹はやはり横坐りのまま、器用に泥だらけの白足袋《しろたび》を脱いだ。洋一はその足袋を見ると、丸髷《まるまげ》に結《ゆ》った姉の身のまわりに、まだ往来の雨のしぶきが、感ぜられるような心もちがした。
「やっぱりお肚《なか》が痛むんでねえ。――熱もまだ九度《くど》からあるんだとさ。」
 叔母は易者《えきしゃ》の手紙をひろげたなり、神山と入れ違いに来た女中の美津《みつ》と、茶を入れる仕度に忙《いそが》しかった。
「あら、だって電話じゃ、昨日《きのう》より大変好さそうだったじゃありませんか? もっとも私は出なかったんですけれど、――誰? 今日電話をかけたのは。――洋ちゃん?」
「いいえ、僕じゃない。神山
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