tなぞと一しょに、並べ切れないほど並べてある。――母は上眼《うわめ》にその盆を見ながら、喘《あえ》ぐように切れ切れな返事をした。
「昨夜《ゆうべ》、あんまり、苦しかったものですから、――それでも今朝《けさ》は、お肚《なか》の痛みだけは、ずっと楽になりました。――」
父は小声に看護婦へ云った。
「少し舌がつれるようですね。」
「口が御|粘《ねば》りになるんでしょう。――これで水をさし上げて下さい。」
慎太郎は看護婦の手から、水に浸《ひた》した筆を受け取って、二三度母の口をしめした。母は筆に舌を搦《から》んで、乏しい水を吸うようにした。
「じゃまた上りますからね、御心配な事はちっともありませんよ。」
戸沢は鞄《かばん》の始末をすると、母の方へこう大声に云った。それから看護婦を見返りながら、
「じゃ十時頃にも一度、残りを注射して上げて下さい。」と云った。
看護婦は口の内で返事をしたぎり、何か不服そうな顔をしていた。
慎太郎と父とは病室の外へ、戸沢の帰るのを送って行った。次の間《ま》には今朝も叔母が一人気抜けがしたように坐っている、――戸沢はその前を通る時、叮嚀《ていねい》な叔母の挨
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