骭熾梔ョへ縁づいた、病気勝ちな姉の噂《うわさ》をしていた。
「慎《しん》ちゃんの所はどうおしだえ? お父さんは知らせた方が好《い》いとか云ってお出でだったけれど。」
その噂が一段落着いた時、叔母は耳掻きの手をやめると、思い出したようにこう云った。
「今、電報を打たせました。今日《きょう》中にゃまさか届くでしょう。」
「そうだねえ。何も京大阪と云うんじゃあるまいし、――」
地理に通じない叔母の返事は、心細いくらい曖昧《あいまい》だった。それが何故《なぜ》か唐突と、洋一の内に潜んでいたある不安を呼び醒ました。兄は帰って来るだろうか?――そう思うと彼は電報に、もっと大仰《おおぎょう》な文句を書いても、好かったような気がし出した。母は兄に会いたがっている。が、兄は帰って来ない。その内に母は死んでしまう。すると姉や浅川の叔母が、親不孝だと云って兄を責める。――こんな光景も一瞬間、はっきり眼の前に見えるような気がした。
「今日届けば、あしたは帰りますよ。」
洋一はいつか叔母よりも、彼自身に気休めを云い聞かせていた。
そこへちょうど店の神山《かみやま》が、汗ばんだ額《ひたい》を光らせながら、
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