ウんが、ちょいと、――」
洋一はお絹がそう云うと同時に、早速《さっそく》長火鉢の前から立ち上った。
「僕がそう云って来る。」
彼が茶の間から出て行くと、米噛《こめか》みに即効紙《そっこうし》を貼ったお絹は、両袖に胸を抱《だ》いたまま、忍び足にこちらへはいって来た。そうして洋一の立った跡へ、薄ら寒そうにちゃんと坐った。
「どうだえ?」
「やっぱり薬が通らなくってね。――でも今度の看護婦になってからは、年をとっているだけでも気丈夫ですわ。」
「熱は?」
慎太郎は口を挟《はさ》みながら、まずそうに煙草の煙を吐いた。
「今|計《はか》ったら七度二分――」
お絹は襟に顋《あご》を埋《うず》めたなり、考え深そうに慎太郎を見た。
「戸沢さんがいた時より、また一分《いちぶ》下ったんだわね。」
三人はしばらく黙っていた。するとそのひっそりした中に、板の間《ま》を踏む音がしたと思うと、洋一をさきに賢造が、そわそわ店から帰って来た。
「今お前の家《うち》から電話がかかったよ。のちほどどうかお上《かみ》さんに御電話を願いますって。」
賢造はお絹にそう云ったぎり、すぐに隣りへはいって行った。
「しょ
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