セ葉をかけながら、店員の誰かが脱ぎ捨てた板草履《いたぞうり》の上へ飛び下りた。そうしてほとんど走るように、市街自動車や電車が通る大通りの方へ歩いて行った。
 大通りは彼の店の前から、半町も行かない所にあった。そこの角《かど》にある店蔵《みせぐら》が、半分は小さな郵便局に、半分は唐物屋《とうぶつや》になっている。――その唐物屋の飾り窓には、麦藁帽《むぎわらぼう》や籐《とう》の杖が奇抜な組合せを見せた間に、もう派手《はで》な海水着が人間のように突立っていた。
 洋一は唐物屋の前まで来ると、飾り窓を後《うしろ》に佇《たたず》みながら、大通りを通る人や車に、苛立《いらだ》たしい視線を配《くば》り始めた。が、しばらくそうしていても、この問屋《とんや》ばかり並んだ横町《よこちょう》には、人力車《じんりきしゃ》一台曲らなかった。たまに自動車が来たと思えば、それは空車《あきぐるま》の札を出した、泥にまみれているタクシイだった。
 その内に彼の店の方から、まだ十四五歳の店員が一人、自転車に乗って走って来た。それが洋一の姿を見ると、電柱に片手をかけながら、器用に彼の側へ自転車を止めた。そうしてペダルに足を
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