ェ鰹節《かつおぶし》の鉋《かんな》を鳴らしている。――その側を乱暴に通りぬけながら、いきなり店へ行こうとすると、出合い頭《がしら》に向うからも、小走りに美津《みつ》が走って来た。二人はまともにぶつかる所を、やっと両方へ身を躱《かわ》した。
「御免下さいまし。」
結《ゆ》いたての髪を※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《にお》わせた美津は、極《きま》り悪そうにこう云ったまま、ばたばた茶の間の方へ駈けて行った。
洋一は妙にてれ[#「てれ」に傍点]ながら、電話の受話器を耳へ当てた。するとまだ交換手が出ない内に、帳場机にいた神山《かみやま》が、後《うしろ》から彼へ声をかけた。
「洋一さん。谷村病院ですか?」
「ああ、谷村病院。」
彼は受話器を持ったなり、神山の方を振り返った。神山は彼の方を見ずに、金格子《かねごうし》で囲《かこ》った本立てへ、大きな簿記帳を戻していた。
「じゃ今向うからかかって来ましたぜ。お美津さんが奥へそう云いに行った筈です。」
「何てかかって来たの?」
「先生はただ今御出かけになったって云ってたようですが、――ただ今だね? 良さん。」
呼びかけられた店員の
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