キようにこう云った。洋一も姉の剛情《ごうじょう》なのが、さすがに少し面憎《つらにく》くもなった。
「谷村さんは何時頃来てくれるんでしょう?」
「三時頃来るって云っていた。さっき工場《こうば》の方からも電話をかけて置いたんだが、――」
「もう三時過ぎ、――四時五分前だがな。」
洋一は立て膝を抱《だ》きながら、日暦《ひごよみ》の上に懸っている、大きな柱時計へ眼を挙げた。
「もう一度電話でもかけさせましょうか?」
「さっきも叔母さんがかけたってそう云っていたがね。」
「さっきって?」
「戸沢《とざわ》さんが帰るとすぐだとさ。」
彼等がそんな事を話している内に、お絹はまだ顔を曇らせたまま、急に長火鉢の前から立上ると、さっさと次の間《ま》へはいって行った。
「やっと姉さんから御暇《おいとま》が出た。」
賢造は苦笑《くしょう》を洩らしながら、始めて腰の煙草入《たばこい》れを抜いた。が、洋一はまた時計を見たぎり、何ともそれには答えなかった。
病室からは相不変《あいかわらず》、お律の唸《うな》り声が聞えて来た。それが気のせいかさっきよりは、だんだん高くなるようでもあった。谷村博士はどうしたのだ
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