wは、戸沢《とざわ》さんが診察に来た時、わざわざ医者を茶の間へ呼んで、「先生、一体この患者《かんじゃ》はいつ頃まで持つ御見込みなんでしょう? もし長く持つようでしたら、私はお暇を頂きたいんですが。」と云った。看護婦は勿論医者のほかには、誰もいないつもりに違いなかった。が、生憎《あいにく》台所にいた松がみんなそれを聞いてしまった。そうしてぷりぷり怒《おこ》りながら、浅川の叔母に話して聞かせた。のみならず叔母が気をつけていると、その後《ご》も看護婦の所置ぶりには、不親切な所がいろいろある。現に今朝《けさ》なぞも病人にはかまわず、一時間もお化粧《けしょう》にかかっていた。………
「いくら商売柄だって、それじゃお前、あんまりじゃないか。だから私の量見《りょうけん》じゃ、取り換えた方が好いだろうと思うのさ。」
「ええ、そりゃその方が好いでしょう。お父さんにそう云って、――」
洋一はあんな看護婦なぞに、母の死期《しご》を数えられたと思うと、腹が立って来るよりも、反《かえ》って気がふさいでならないのだった。
「それがさ。お父さんは今し方、工場《こうば》の方へ行ってしまったんだよ。私がまたどうしたん
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