Gの上の手紙や老眼鏡を片づけながら、蔑《さげす》むらしい笑いかたをした。するとお絹も妙な眼をしたが、これはすぐに気を変えて、
「何? 叔母さん、それは。」と云った。
「今神山さんに墨色《すみいろ》を見て来て貰ったんだよ。――洋ちゃん、ちょいとお母さんを見て来ておくれ。さっきよく休んでお出でだったけれど、――」
ひどく厭な気がしていた彼は金口を灰に突き刺すが早いか、叔母や姉の視線を逃れるように、早速長火鉢の前から立ち上った。そうして襖《ふすま》一つ向うの座敷へ、わざと気軽そうにはいって行った。
そこは突き当りの硝子障子《ガラスしょうじ》の外《そと》に、狭い中庭を透《す》かせていた。中庭には太い冬青《もち》の樹が一本、手水鉢《ちょうずばち》に臨んでいるだけだった。麻の掻巻《かいまき》をかけたお律《りつ》は氷嚢《ひょうのう》を頭に載せたまま、あちら向きにじっと横になっていた。そのまた枕もとには看護婦が一人、膝の上にひろげた病床日誌へ近眼の顔をすりつけるように、せっせと万年筆を動かしていた。
看護婦は洋一の姿を見ると、ちょいと媚《こび》のある目礼をした。洋一はその看護婦にも、はっきり異性
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