へど》も、其一半は兀兀《こつこつ》三十余年の間、文学|三昧《ざんまい》に精進したる先生の勇猛に帰せざる可からず。言ふを休めよ、騒人清閑多しと。痩容《そうよう》豈《あに》詩魔《しま》の為のみならんや。往昔自然主義新に興り、流俗の之に雷同するや、塵霧《じんむ》屡《しばしば》高鳥を悲しましめ、泥沙《でいさ》頻《しきり》に老龍を困しましむ。先生此逆境に立ちて、隻手|羅曼《ロマン》主義の頽瀾《たいらん》を支へ、孤節《こせつ》紅葉《こうえふ》山人の衣鉢を守る。轗軻《かんか》不遇の情、独往大歩の意、倶《とも》に相見するに堪《た》へたりと言ふ可し。我等皆|心織筆耕《しんしきひつかう》の徒、市に良驥《りやうき》の長鳴を聞いて知己を誇るものに非ずと雖《いへど》も、野に白鶴の廻飛《くわいひ》を望んで壮志を鼓《こ》せること幾回なるを知らず。一朝天風|妖氛《えうふん》を払ひ海内の文章先生に落つ。噫《ああ》、嘘、先生の業、何ぞ千万の愁《うれひ》無くして成らんや。我等手を額《ひたひ》に加へて鏡花楼上の慶雲を見る。欣懐《きんくわい》破願を禁ず可からずと雖《いへど》も、眼底又涙無き能はざるものあり。
先生今「鏡花全集
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