風
風は
いつぺんに十人の女に恋することが出来る
男はとても風にはかなはない
夕方――
やはらかいショールに埋づめた彼女の頬を風がなでてゐた
そして 生垣の路を彼女はつつましく歩いていつた
そして 又
路を曲ると風が何か彼女にささやいた
ああ 俺はそこに彼女のにつこり微笑したのを見たのだ
風は
彼女の化粧するまを白粉をこぼしたり
耳に垂れたほつれ毛をくはへたりする
風は
彼女の手袋の織目から美しい手をのぞきこんだりする
そして 風は
私の書斎の窓をたたいて笑つたりするのです
ある男の日記
妻をめとればおとなしくなる――
私は きげんのよい蝿にとりまかれて
昼飯の最中です
昼 床にゐる
今日は少し熱があります
ちよつと風邪きみなのでせう
明るい二階に
昼すぎまで寝て居りました
少女の頬のぬくみは
この床のぬくみに似てゐるのかしら
私は やはらかいぬくみの中に体をよこたへて
魚のよ[#「よ」に「ママ」注記]うに夢を見てゐました
「化粧には松の花粉がよい
百合の花のをしべ[#「をしべ」に傍点]を少し唇にぬつてごらんなさい」 と
そして
私はちかく坐る少女を夢
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