てしまつたりするので、困惑しきつて何かしきりにひとりごとを言つてみたりしてゐたのだつた。
水鼻がたれ少し風邪きみだといふことはさして大事ないが、何か約束があつて生れて、是非といふことで三十一にもなつてゐるのなら、たとへそれが来年か明後年かのことに就いてゞあつても、机の上の時計位ひ[#「ひ」に「ママ」の注記]はわざわざネジを巻くまでもなく私が止れといふまでは動いてゐてもよいではないのか。人間の発明などといふものは全くかうした不備な、ほんと[#「と」に「ママ」の注記]うはあまり人間とかゝはりのないものなのだらう。――だが、今日も何時ものやうに俺がゐてもゐなくとも何のかはりない、自分にも自分が不用な日であつた。私はつまらなくなつてゐた。気がつくと、私は尾形といふ印を両方の掌に押してゐた。ちり紙を舌[#「舌」に「ママ」の注記]めてこすると、そこは赤くなつた。
第一課 貧乏
太陽は斜に、桐の木の枝のところにそこらをぼやかして光つてゐた。檜葉の陽かげに羽虫が飛んで晴れた空には雲一つない。見てゐれば、どうして空が青いのかも不思議なことになつた。縁側に出て何をするのだつたか、縁側に出てみると
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