くやうな話が多かった。
誰の上を聞いて見ても芳《かん》ばしい話はないやうだった。
『おめえは未運がいいといふもんだ!』
勝野老人は感慨深さうに云った。
さう云はれて見れば、老婆は(これが仕合せなのかも知れない)と自身の上を思って見るのだった。
ある年の秋の祭の事だった。ふとすすめられて老婆は孫娘のみつ子を連れ祭場へ出掛けて行った。祭と云っても小さな氏神の拝殿に近所の者が集って酒を飲むだけのものだった。『吉田の御隠居様お一つ?』さう云って盃をさす者もあった。老婆はすすめられて盃を幾つか重ねた。そこではてんでに重箱をひろげてさかなを交換し合って食べた。こんな事は幾年にもないことだった。
老婆はすっかりいい機嫌になった。やがて唄をはじめる者もあった。老婆もすすめられるままに目をつぶって唄って見た。細いいい声が出た。一座はにはかに陽気づいて来た。
それこそ調子がよければ踊りの一つも踊って見たいやうな燥しゃいだ気持ち……老婆は久々で昔の自由な時代のことを思ひだしてゐた。それは殆んど忘れてゐた世界だった。みつ子が心配な顔をして若々しく酔の廻った老婆の顔をみつめてゐた。
『みっちゃん、
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