て老婆には気楽に物の云へる立場に立ってゐた。
 勝野老人は冬になると毎年きまって村を廻って来た。脚絆に草鞋穿きといふ古風ないでたちで、筆や墨の入ったつづらを天|秤《びん》棒で担いでやって来た。商売が上品な商売丈あってどこそこ品位の有る老人だった。行きどまりの吉田家へ来るとゆっくり休んで行くのが定例だった。
『おいそさん』勝野老人は老婆の名をさう呼んで隠居所へもやって来た。
『おめえはいい家へ世話になった!』老人はそんな風にポツリと云ふ癖だった。
『此処のおっ母は利口者だかも仲々話が解る……』そんな事もいった。[#「。」は底本では「、」]
『俺れがあんまり馬鹿過ぎるで……』老婆は呟くやうに云った。
 老婆は勝野老人に逢って、町の方の話を聞くのが何よりの楽しみだった。勝野老人は来る度に町の方の様々な話題をもたらせた。
『俺れの処もまあ養子がようやって呉れる!』
 勝野老人は子供がないので養子を貰ってゐた。遣り手だといふ養子の話を始めるときりがないやうに見えた。
 老婆は氷く住み慣れた裏町の方の人達の色々な変遷を聞いた。倒産してちりぢりになった老舗の話やら、中風で寝込んだ話友達の身の上やら驚
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