かめよは年の暮になって漸くの思ひで退院して来た。老婆はかめよを見るとそれでも『おっ母さん』と呼んで見たがもう直ぐ記憶が錯雑してとりとめのない事を云ひ続けた。
手伝ひのために隣家の娘を頼み込んであったが老婆の世話は赤ん坊よりも始末が悪かった。正月も過ぎる頃には誰の眼にも遣り切れない当惑の色が浮んでゐた。
老婆はある朝ふっと正気に返った。
そして汚れものの始末も他人に任せている自分自身のみじめな姿をはっきり見た。
『だから俺は娘が欲しいって思ったんだ……』
老婆はそれをはっきりと口へだして云って見た。突然にさう云ったので傍にゐた隣家の娘はけげん相な顔をした。そして薄気味わるさうにした。
老婆はまじまじと一つところをみつめた。
もう身をもがく丈の力もなかった。
やがて老婆は再び昏迷に落ちて行った。
絶え間のない譫《うは》言がつづけられた。ひっきりなしに人の名を呼びつづけた。それが誰の名を呼ぶとも聞えず丁度赤児の泣声のやうにきこえた。
そしてだんだんに声が細り消えるかのやうに息を引取った――。
二月半ばの大雪の晴れた日に、老婆の亡骸は柩に納められて、吉田家の墓地の片隅に埋めら
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