れた。
『各務いそ之墓』白木の墓標にはさう録《しる》されてあった。行年八十九歳と横には書かれてあった。
 葬式に集った近処の人達は、初めて知った老婆の姓を珍らし顔に眺めた。
 老婆がはじめに年齢を三つ程隠して来たといふ事も今度の御大典の時町の役場からの照会で解ったといふ話もはじめて出た。
 年には不足がないと云ふ訳で、鹿爪らしいお悔みを云ふ者もなかった。みんなてんでに思ひ思ひの事を口に出して話し合った。
 他人許りののんきさがそこにあった。
『皆様のお蔭で賑やかなお葬式が出来まして!』
 かめよはさう挨拶をくり返した。
『仕合せなおばあさまだった!』
 女房達はさう云った。それは決してお世辞にいふのではなかった。
 貧乏に追はれて暮す者から見れば、食べるものにも着るものにも不自由なく長命できればそれを仕合せと思ふより他思ひやうがなかった。そして『長生した人のは縁起がいい!』と云って、老婆の着古したやうなものをよろこんで貰って行った。

 かめよは隠居所の跡片付をあらかた終へた。がっかりしたやうな安心の気持ちだった。
 勝手道具を整理したり、古い行李や箪笥の中を片つけた。麻の単衣とか黒繻
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