お出しるものかな、ありがたいおばあさまだに!』
『なに、なに俺もまあおっ母さんがいい人だでお世話になって居れたんだが……』
 老婆はそんな風に云って見ずにゐられなかった。さう口に出して云って見ると、今更に頼りない境遇がはっきりして来るやうだった。そして相手になって呉れる人に何かしら愚痴を聞いて貰ひたい心にならずにゐられなかった。誰もがいつも当り障りのない言葉をかけて呉れるのが物足りなかった。どんな他愛ない事でも口へ出して云って見ると胸がすっとするものだった。肚にある事を残らず云ったり云はれたりして見なければどうにも胸が納まらぬのだった。老婆は只愚痴を云って胸を納めて見るより他仕方なかった。
『俺ももういつ死んでもいいんだが……それでも下手な死に様をしてごらんな、それこそ家の名にかかわることだで……』
 老婆は、近処の者には家の人達には云へないやうな事を云って見たりした。
 その癖世話を焼きたい性分で、母屋へ行って見ても、畠へ出て見ても捨てて置けない事許りのやうな気がした。
『みんな勝手にするがいい……どうならうと俺はもう構はん……』老婆は思ふやうにならない癇癪を隠居所へ戻って来てはせめ
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