い》様! 今日はなんだな」と新蔵に聞いた。
「俺ァ今日は松下の屋敷引きだ!」
「なんだ、何か建てるのか?」
「なあに、裏へ石垣取るってんで、あの厩を一寸ずらせるだけだ」
留吉は飲み乾した盃を下に置いたが、
「だが松下もめきめきと身上|拵《こせ》えたなあ!」
さう歎息するやうな口調で云った。
「田地は買込む、普請はする、お蚕は当てる、金は貸せる程有るんだで! 云はっとこねえさ……」
「日の出っちふもんさ! あそこらが――」
「仕事がどんどん廻るでなあ……。ああなりゃおんなじ仕事でも楽で面白く廻る!」
新蔵が云った。
「さうだ。入る者と出る者ぢゃ大した相違さ! ちィっと利子でも負けて貰はっと思やあ、酒でも買って罐詰の一つもつけて持って行かんならんちふ訳だでな!」
留吉は苦笑し乍らさう云った。
そこでいつもの事だが工面の良い家の噂が始まった。
「まあ松下、それから吉本屋!」新蔵は順に数へるやうにした。「そこらのもんかな!」
「長沼あたりも借金もでかいらがもとから有る家だで、食ふ米にゃ困らんて!」
さうつけ加へて云った。
森田家を別にすれば、もとこの部落で僅か乍らも先祖伝来の田畑
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