家中にひろげて乾かさねばならなかった。そこらあたり濡れて足の踏場もないやうだった。飯櫃の中にまで蚕糞が落ち込んでふやけてゐた。志津は子供の口を飼ふ隙もない思ひをした。二人の子供は外へ出られないので、狭い家の内でてんでにつきまとった。殊にふさ子は発育が遅れて今漸くよちよち立ち始め危なくて目が離せなかった。
 それに頭にいっぱい腫き物がしてゐて膿がヂグヂクでるので余計機嫌が悪かった。
「これは遺伝性の毒から来てゐるのだから早速癒りませんよ」さういつか医者に云はれた事があった。
 志津は自分の体の上にも大きな故障のある事を疾《と》うから気付いてゐた。時々激しい眩暈を感じた。
 やっと露の乾きはじめた桑を集めて、大急ぎで飼ひ出した。蚕は透き切ってゐる。さっきから清作は何か愚図愚図云ってゐる。志津は忙しいので、相手にもしないでゐると清作は次第に声を高めて行った。
「一銭、一銭お呉んなったら?」
「飼っちまったらやるで……」
「厭ァなあ、今でなけにゃ……」清作は泣声を上げたが、素知らぬ顔で飼ってゐる母親を見ると、喚いて急に勝手の障子をガタガタ揺すぶりはじめた。それが志津の苛々してゐる神経をかき廻し
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