効果もなかった。土間に白く山盛に放り出した死蚕を眺めて人々は張合のない顔を合せてゐた。
天竜川には毎日河上の方で捨てる蚕が流れてくる噂だった。そして日日の新聞は日増に繭の値の下落を報じた。
「へえまあお蚕飼ひはつくづく厭ァになつた!」
女房達はさう云って顔色をわるくしてゐた。
志津の家でも食延《くひのび》となってからは一人では手が廻りかねた。志津は桑畑と家との間を小走りに駆け廻らねばならなかった。やっと一回給桑を終へたかと思ふともう直ぐ次の桑に追はれ通した。蚕も狭い土蔵の中許りには置ききれなくなったので、廂に蓆を敷いて移した。そして棚を作って二段飼ひにした。朝日の射し込む方へは、久衛に土蔵横の樫の木の枝を伐らせて吊り、日蔭を作った。
今はどこでも簡単な屋外育が流行ってゐて、露天のテント張りの中で飼ふ家もあったので、志津も廂へ出して見たので、さうでもなければ、一度一度蚕沙を代へる手間はとてもなかった。志津は寝不足が続いてゐた。朝目を醒ますと、体がミシミシと病めてよろよろする程だった。
昨日から小止みなく雨が降りつづいてゐるので、ビショビショに濡れて摘んで来た桑を土間から炉端から
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