ゃせん!」昇三は口癖のやうにさう云った。
よその村には既に、何かあたらしい機運が動いてゐるやうだった。大抵の村に自由大学や公民講座がどしどし開かれてゐた。貧乏で辺鄙《へんぴ》なこの村へは、ろく[#「ろく」に丸傍点]に名士ひとりやって来なかった。小学校の先生も今ではどこでも全く無気力のやうで頼りにならなかった。もっともっと多くの事を知らねばならぬ願望が絶えず昇三達の頭から難れなかった。
この冬一度帰って来た日吉の清司の口から、都会地の方の生活や労働組合の内部の話などが興味深く語られた。清司は村に居る中から指導的立場にゐた青年だったが、旅へ出て行ってからは最左翼的色彩を一層濃厚にしてゐた。
「どうしたって、基礎的な組織を持たなくては駄目だ!」
清司はその事を幾度も云って行った。
昇三は製糸工場から帰ってくる妹達の口から、意外にしっかりした言葉を聞いて驚くことがあった。
昇三の妹の千穂は隣村の製糸工場朝日館で、模範の優等工女だった。
「なんで修養会なんかに執心しとったんだか自分の気が知れんと思ふの……」
千穂はある時さう云った。そして誰からか借りてくる、発禁になつた戦旗や綴込みに
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