ァ今日は当家《ここ》の畑打ちだ!」
 聞かせるともなく独りごちし乍ら、留吉は裏口の方へ出て行った。
 酒が廻ると庄作は次第に上機嫌になって行った。隣村から三里の往復が酒手に代へられた。
「庄作さはあれで下駄穿きゃがるで油断ならんぞ!」
 庄作の駄賃に懸値のあることは誰も知ってゐたが、十銭二十銭の買物でも気前よく引き受けるので部落の者には重宝がられてゐた。
          二
 昨日から夏|挽《び》きが始まって、部落の娘達は殆ど他村の製糸工場へ出掛けて行った。俄に村の中がガランとしたやうだ。
「春|蚕《こ》上り」をめがけて毎日様々な借金取りが軒別に廻って歩いた。町の農工銀行の行員は香水をプンプンと匂はせ乍ら片端から退引ならぬ談判をして行った。村税の滞納で役場の人達が手分けで廻りあっちこっちに差押へが始まった。生産過剰で横浜の倉庫に二十萬梱のアメリカ行絹糸が欠伸をしてゐようと、飼へば飼ふ程益々自縄自縛の結果に落入らうとそれは別の問題である。繭の値が安いと云って今ここで蚕を止める訳には行かない。
「安けりゃ猶、沢山取らにゃ遣り切れん!」どこの家でもそれを云った。そして夏蚕の掃立をうんと増
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