上げた者もあった。
「源公の野郎、木っぱと嬶《かかあ》とばくみっこ[#「ばくみっこ」に丸傍点]すりゃがって!」(交換の意)
源吉の女房が情夫を作って村を出て行く時分にはそんな悪口も云はれたものだ。
防風林を失った部落はいきなりガランと投げ出された。高い処へ登らなければ見えなかった遠い飯田の町がどこからでも見えるやうになった。
冬になると駒ヶ嶺颪がぢかに吹きつけた。痩せた部落は一層荒涼と雪に埋められ、家々は一層貧相で見窄らしくなった。
部落の北の水沢地籍には古くから一つの泉が湧いてゐた。清洌な清水が滾々と絶えず湧いて水車が廻る程豊富な水量だった。
「中井の水は村一番だ。甘露の味がする。俺が死ぬ時は中井の水を死水に取っておくれ」森田の祖母のお安は口癖のやうにそれを云ってゐたものだった。
志津達姉妹は祖母の命令で折々手桶に汲みに行った。その泉の水が近年めっきり味が落ちて普通の水になって了った。泉も底が浅くなり死んだやうに静かで、みみず[#「みみず」に丸傍点]が白い腹を見せたりするやうになった。
「水までかはった」さう云って何か不思議さうに思ふ者もあった。だがそれは不思議でもなんでも
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