畑へ入った。そこは彼岸伐りにしてあるほんの狭い畑だった。向うの方はずっと地続きに隣家の畑だった。地境には細い区切がしてあった。以前には深い溝がついてゐたのがいつの間にか埋められて了った。隣家の方で一鍬づつ掘り進んで来るので、攻められて志津の方では一歩づつ身を引く立場に立たせられた。一鍬づつでも永い間には大きなひらきがついて来るものだ。
おときもいつかその事を、
「ほんに身上拵へるやうな人はどっか違ったとこがある!」
さう感心の態で云ったものだ。
志津はなる丈蔭の方の軟かい葉を探し乍ら摘んだが日に焼けてゐて、それでなくさへ痩せ切ってゐるのでいくらも摘めなかった。
地境には、隣家で植ゑた改良の大葉が牛蒡の葉ほどもある大きな葉を茂らせてゐる。
志津はその膏切ったつやつやしい芽桑を見ると、わけもなくむっとした。まるで自分自身の食慾のやうにこんな滋養のある軟かい葉を思ふ存分寝起きの蚕に食べさせてやりたいと云ふ気持が切なく湧いた。
志津は一葉プツリと摘んで見た。ギスギスするほど厚ぼったい葉だった。切り口から白い乳がヂッと滲みだした。志津は努めて平気でをらうとした。そして大急ぎで三葉四葉
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