晩飯時で、家内中の者が賑やかな茶碗の音を立ててゐた。「お掛けて……」嫁のみつ代が愛想好く云った。背中のみさ子が「まんま、まんま」さう云ひ乍ら手を出した。
志津は遠慮勝に切りだした。
「あの、いつかお預けしといた蒲団をおもらひ申したいんで……喜八郎が襦袢がないちふってよこしましたが、なんにも布がないんで……あれでも倒して縫ったらとおもって……」
弁解《いひわけ》のやうにつけ加へて云った。
「さうかな! あれをお持ちるかな!」姑のおまきは立ち上って来たが、隠居の方へ廻るように云った。外へ出るとみさ子が、急に泣きだした。志津は納屋の横を通って行く時、その納屋が元の邸のどこに在ったかといふことをチラと思ひ出した。
利国が生きてゐて丈夫だった時分、窮迫してなんでも手当り次第に持ちだしては金に換へるので、志津は内密に夜具一枚と机一脚を隣家へ運んで来て、置いて貰ったのだった。
おまきは隠居所の縁から上って障子をあけた。するとその障子のすぐ際にちゃんと机が置かれてあった。七分厚みの一枚板で、四尺はたっぷりあるがっしりした机だった。両側に三つづつ抽斗のついたひどく古風なものだったが父が養子に来る
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