時、岡島家から持って来たと聞かされてゐたものだった。
 志津は机の上に雑誌だのインキ壺だの置かれて座蒲団の敷いてあるのを見て取った。
「誰か使ってゐるのだ!」瞬間にさう覚るといきなり頭の中が混乱して来て、志津は凝っと佇立した。おまきは押入から夜具を出して来た。
「ほんにこれなら丈夫だで、作場へ着れるもの……。昔は、大きいとこのお衆はみんなかういふ物を持ってお嫁入おせたんだなむ!」
 おまきはひろげて見乍らさう云った。手紡ぎの糸を手織りにした頑丈な地質で、背中の処におそろしく大きな三柏の定紋が染め抜かれてゐた。
 紺の匂ひがブンとした。
「今時こんな重い物を着る人はありませんなむ!」志津は持ち上げて見て云った。
「そいでもこれは綿がとても上等のやうだで倒すのは勿体ないやうだ!」おまきは云った。
 志津は「机は次手に頂いて行きます」と口先迄言葉が出かかり乍ら躊躇《ためら》った。気軽く云って仕舞へば何んでもなささうに思ひ乍ら圧されるやうで云ひ出せなかった。
 現に使ってゐる処を見込んで云ひ出す事が苦しかった。「机もお持ちるかな?」さう云ひ出さぬおまきの心の中のものがこちらに反射してくるのだ。
前へ 次へ
全58ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
金田 千鶴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング