[#地から4字上げ]喜八郎
   母上さま
 志津は手紙を繰返して読んだ。
 春蚕だけでも二百貫以上取る、利国の生家の激しい労働が思ひ遣られた。喜八郎はそこで下男として働いてゐるのである。
 利国の死後、中村家の方から「小作料は当分取らぬ事にする、その代り岡島の講の返金をするやうに」と云ひ渡された。
 それは情有る言葉のやうで実はさうではなかった。岡島家の無尽と云へば、一口千七百円の大口のもので、それが最初に取ったきり捨ててあったから利息が積った上、短期間の返済を迫られてゐるものだった。窪のおふじの家の無尽もその儘になってゐる矢先にさう云ひ渡されたことは、志津一家に取って致命的な負債を負はされたのであり、それは喜八郎がそのままそっくり背負はせられて、否応なしに泥沼の中を永久的にもがきつづけて行かぬばならぬのだ。
「喜八郎まも今っから苦労をおせるで、忠実《みやま》しい人におなりるら! どうしたって人間は他人様の飯を食べて見にゃみやましいものにはなれんでなむ!」
 おときは時折志津にさう云った。
 喜八郎ももう今年は十七歳になってゐた。
 晩になってから、志津は隣りの松下へ行った。丁度
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