向うの旧家から利国が養子に来た。華かな婚礼で耕地中の者が手伝ひに動員された。お庚申峠で歓声が上がって行列が部落の中へ入って来た。勝太も宇平も荷担ぎに加はってゐた。見物人の集った所へ来ると箪笥を担ぐ者らははやし立てて、故意に重さうに「重い重い」と云って蹌踉めいて見せた。
「何んだ! 石でも入ってゐるんか!」
 義一の親爺はいきなりさう悪態ついた。その癖、今日の振舞酒を誰よりも当にしてゐたのだ。
「馬鹿云ふな! まあ一杯飲め……」酒樽と盃がつき出された。女や子供は先を争って御仲人の手からお菓子をねだった。花嫁の後からデップリした花聟が通った。
「今日はお志津まの雀斑《そばかす》も見えなんだなあ!」
 見物人の中から誰かがさう云って笑はせた。
 翌年の春、志津は男の子を産んだ。利国によって喜八郎と云ふ名前が命名された。
 金以外に幸福を感じなかった利国は、今をときめく一代の大金持大倉喜八郎の名を蔭乍ら頂戴に及んだのである。利国はその事を得意顔に人に吹聴した。何代目かで初めて男の子が生れ森田の家の繁栄に祖母のお安は満足な顔をした。
 浮気っぽい利国は直きに、大人しい許りで外から帰っても嬉しいや
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