に酒を出して耕地の衆に「お頼み申します」と挨拶を入れたので、それで正式のものとなった。
 徳次が入ってから、蚕も大取りを始めるしこの冬、物置も建てたりした。
 娘の貞子は体が弱いと云って製糸へも行かずぶらぶらしてゐた。器量がいいので注目の的だった。
「そいでが貞子さも仕事をさせて見ると厭ァになるぞ! 飾り物にして置くにゃァいいかも知らんが!」
 青年達はそんな事を云って笑ふ時が有った。
 貞子はこの頃看護婦になるとか云って町の方へ行ってゐた。帰って来る度に垢抜けて美しくなって来た。
 日吉のお絹姉妹は一番運が悪かった。二人共もう死んで了った。妹のおたつは若い頃に家を出て旅を流れて歩いてゐたが、男の子一人連れて帰って来るなりどっと肺病が重くなって死んで行った。お絹も若い時は評判女の浮名を流したが、一度亭主を持ってぢき別れて了ってから森田の大旦那の妾のやうな暮しをしてゐた。年増になってもどこか仇っぽいところが有って、森田の若主人とも関係のあるやうな噂も有った。山の奥の一軒家におたつの遺児の清司と二人住んでゐた。そのお絹が一昨年の秋ふっと気が変になって了った。一日中部屋の壁に向って佇んでゐる
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